三者三様の高校生活
英語Terakoyaです。
我が家の上の3人は、まったく別々の高校生活を送りました(送り中の子もいますが)
まず長女。
大学付属校のオールイングリッシュのコースに進学。
高1からシアトルのプレップスクールに一年間留学。
帰国後も、日本の教育要綱とは全く別の英語による授業でした。
受験の心配がないからそれはそれは大学生のような?生活を送っていましたね。
行事にしても何かと派手。
自由でしたね。ほんと。。。もっと厳しくしてくれ、というぐらい
次男の元高校の校長先生に長女の学校名を聞かれて
「ああ、それはまた軽やかな 学校
にかよわれていますね。
お姉さんの学校とうちを比べてはいけないよ」
と次男が言われていましたっけ
もっと学校行事など自由にやりたい、と発言した時に。
次は長男。
かれは大好きなサッカーをやるためだけに高校に行ったような子。
全国にもでるような高校でサッカーをして、1年後半にしてまさかのAチームに上がり、張り切っていた矢先に大けが、そして3度のオペ、1年以上のリハビリ、残ってしまった後遺症。
でも毎晩足を氷嚢で冷やしながら痛みとともに3年の冬までサッカーを続けました。
勉強といえば定期テストの前にちょろっとするだけ。それでもなんとか評定をとり、指定校で進学。
サッカーとリハビリの明け暮れた高校生活。
週末もずっと練習試合だったので、本当、遊びに行く暇もなかったですね。
最後は次男。
中学受験で入ってそのまま高校へ進学。
がちがちの昭和教育で、土曜日は月1回休みなだけ、夏休みも2週間、とまあ、勉強時間がとにかく長い!
常に勉強に追われていましたね。
そしてピアノのコンクールにも常に出ていたのでその練習。
息抜き程度の部活の位置づけ。
でも時間の使い方のうまい彼は、うまく息抜きして、カラオケやユニバにもよく行っていましたし、かろうじてある春休みや夏休みには、友達ととまりの旅行に行ったり、主人のいた東京に行ったりと、
もしかしたら上の二人以上に遊ぶ時は遊んでいたと思います。
そして高2の2学期からまさかの上海への編入。
学校の雰囲気ががらりとかわり、がちがちの締め付け間のあった前校とはおそらく正反対。
戸惑うこともあるでしょうが、おそらくクラスの3分の1は、ミックスのこたちやで~、という環境で、
高校を二つ通った分、多くの出会いと経験をこれから重ねていくことになるでしょう。
三者三様の高校生活です。
それぞれがどんなその後をたどるかを見守るのも、また興味深い?(ひとごとではないですね)
かも
さて、おちびはどこでどんな高校生活を送ることになるのか、皆目見当がつきません
でも、なにかに「一生懸命頑張れる」そんな高校生活を送ってくれたらなあ、
と母は願います
1. 英語Terakoya さんのブログおもしろいです(*^o^*)
何度も読みなおしちゃいました。
英語Terakoya さんのブログこと気になってました。
次の更新のときにまた来ますよ~
http://ameblo.jp/guide-ivy/
2. 初コメです!
ついつい読んでしまいました!私のブログにも遊びに来てください^^それではまた^^
http://ameblo.jp/jyuken-xxxingo/